高校駅伝を見ながら、ふと「駅伝」の由来って?

駅伝

クリスマスイブである12月24日に開催された、
「全国高校駅伝」

地元岡山勢を応援しようとテレビの前に陣取り、
女子「興譲館高校」、
男子「倉敷高校」、
の力走を観てました!

観ながら、
みんな凄いなぁ〜と。
特に留学生。
彼ら彼女らは別次元ですね。

とそのとき、
全く凄い走りとは関係ない疑問が頭をよぎった。

そういえば、
日本でしか行われない駅伝って、
なんで「駅伝」って言うんだろう?
って・・・

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昔の交通・情報通信システムからなのね

気になったら調べないとダメなタチなので、
早速ググって見ました。

オイッ!
「調べる」って「ググる」だけかいっ!
というツッコミは無しでお願いします。(笑

でいろいろ調べた結果、
Wikipediaの「駅伝競争」の歴史のところに以下のように書かれてあった。

競技としての最初の駅伝は、東京奠都50周年記念として讀賣新聞社会部長・土岐善麿の発案で同社が主催し[1] 1917年4月27日に行われた「東海道駅伝徒歩競走」とされる[2]。関西組と関東組に分かれ京都の三条大橋を午後2時に出発し、東京の上野不忍池(しのばずのいけ)までの23区間、約508kmを昼夜問わず走り抜けるもので、先着の関東組がゴールに到着したのは翌々日の午前11時34分であった。この時の関東組のアンカーは金栗四三である。三条大橋と不忍池のほとりにはそれぞれ「駅伝発祥の地」の碑が現存する。

「東海道駅伝徒歩競争」の開催にあたり、当時の大日本体育協会副会長および神宮皇學館館長・武田千代三郎が競技名を「駅伝」と名づけた。当時江戸時代における東海道五十三次における伝馬制からヒントを得たと言われている。駅伝という言葉自体は、日本書紀にも記載されているほど古いものである。首都と地方の間の道路網に30里(約16km)毎に置かれた中継所のことを「駅」といい、ここに宿泊施設や人、馬を配置していた。駅に朝廷の使者が到着すると、次の駅まで乗り継ぎの馬を用意する仕組みが整っており、この制度を「駅制と伝馬制」あるいは「駅伝貢進」といった。
(Wikipediaより)

なるほどね。
簡単にいうと、
昔の交通・情報通信システムである「駅制」「伝馬制」が由来なのね。

駅伝の由来が分かったところで、
また新たな疑問が・・・

なぜ「駅伝」では襷が使われるようになったの?

こちらの疑問に関しては、
結局正確な答えは見つかりませんでした。

ただそれっぽい回答として、
「武士や飛脚がタスキがけをしていたことが元になっている」、
というようなことを書いているものがいくつかありました。

まぁ長距離走る訳だし、
邪魔になりそうなバトンという訳にもいかないだろうから、
襷っていうチョイスは良かったんでしょうね。

その軽くて走りやすそうな襷ですが、
駅伝を見てると、
もの凄い「重み」を感じずにはいられません。

いろんな想いの詰まった「襷」を繋ぐ駅伝。
年明け早々に最高潮を迎えます。
「ニューイヤー駅伝」に、
「箱根駅伝」。

めちゃめちゃ楽しみです。
正月は酒を飲みながら駅伝三昧といきましょう!

最後に・・・

今年2017年の「高校駅伝」での我が岡山勢の結果ですが、

女子「興譲館高校」は7位
男子「倉敷高校」は2位
両校とも入賞です!
凄いっ!
応援しがいがあります!

もうひとつ最後に・・・
余談ですが「襷」って普通に売ってるんですね。。。

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